アニメーション作家 有吉達宏のブログ

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zoom RSS フラヌール調査2・008

<<   作成日時 : 2015/02/15 03:10   >>

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 品川区豊町。広場。
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 この動物に乗る子供はどんな感覚を得るのだろうか。堅く動かない動物のつくりもの。つくりもののもつ感覚は異様だと思える。それは実物でもなくそこにあるものでもなく、宙を彷徨っているような存在感がある。幽霊にも似たものなのではないだろうか。小さい頃つくりものの目が怖かった。焦点が合わない感じが。黒目に吸い込まれてしまうような感覚を覚えた。
 後ろにある木が美しい。光と影のラインも相まって波のような印象がある。波というのは心地良い。つくりものの目線の先に結界空間がある。つくりものの存在によって特別な空間になっていると思える。どのような空間だろうか。メソッドのように決まったルールがあるのかもしれない。僕の感覚では、死者の溜まり場のように思える。四つの意識が集中して、濃い空間になっていると思える。動物のつくりものは死のイメージの使者であるという気がする。色の違いによってその属性が違っているように思える。特に犬のつくりものに強い違和感を覚える。何となく熊も連想する。

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 寄った画。リスも気になる。目の小さいタヌキは可愛らしいと思える。しかし、かわいいという感覚は自分の裁量に入ってしまっているような感じで、あまり感覚に浸透してこない。それよりも恐怖の対象に惹かれる。自分が揺らぐもの、そういうものに惹かれる。
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 山形、山寺の奪衣婆(だつえば)を思い出す。30分くらいこの石像と向き合っていた。怖かったが引きつけられた。人はどうして恐怖を覚えるものを形づくったんだろう。僕の作品、「水平線に近づく為に」

水平線に近づく為に Closer to the horizon from Ariyoshi Tatsuhiro on Vimeo.

2009 miniDV/7min./アニメーション
学部の卒業制作作品
制作:有吉達宏 音:Christophe Charles
http://ariyoshitatsuhiro.com/


にも恐怖を感じる部分がある。何故それを描いたかというと、その時の自分の一番強い感情だったからだ。自分で描いて自分で恐怖していた。中でも恐ろしいのがこれ。
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 自分で描いて恐ろしかったがどこかで震えていた。自分にこんなものが描けるとは思わなかった。中島先生に原画を見ていただいたことがあるが、「こういうものは隠すものだ」と言われた。負の感情、使い道を誤ると人を、自分を病気に近づけてしまいそうだと思った。

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 角度を変えた写真。今度は地面の染みが気になる。これも動物のつくりものに主体があり、(主体は入れ子状に変化するものかもしれないが)染みがその存在の媒体物になっているようだ。あからさまに死を感じる。造形した人もきっとこれをかわいいとは思っていないだろう。密かに怨念を込めたのか?こういう場に合わない造形はけっこう見かける気がする。

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 自分の影が入っても気にしないで撮っている。その角度で気になったから。木の切れた断面には前から興味があり、強い感覚を覚える。木の怨念のようなもの。そのバイアスのようなものは他の人も同じく感じるところなのではないだろうか。圧縮された力を感じる。これは造形としてつくるのは難しいと思う。実際の木を切らないと見えない、現れない光景。

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 木の根元が気になって撮った。それ以上でも以下でもないと思うが、常にそれ以上だとも思う。自分が今感じている感覚は何だろうか。どこか懐かしい感覚もある気がする。同時に自分の知らないものという感覚もある。網の目がそのような感覚を強めているとも感じられる。腐敗止めと思われる木の表皮に塗られたものもどこかに影響していると思える。人の感覚に影響しないものなど存在しないと思える。いい絵画ってどういうものなんだろう、漠然といいと感じるけど。画家は実景から敏感に何かを察知、接種し、平面に何かを形づくるのだろうか。絵って何なんだ?

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 空がきれいだ。まだ動物のつくりものの余韻が残っている。あのつくりものの影響力は強いと思える。周辺の人の意識に深く入り込んでしまう程に。木のこぶもいい。意識の溜まりとは別の感覚も得られる気がする。それがなんだかはわからないけど、感覚のレイヤーが増えることは喜ばしいことのように思える。

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 赤いポストが気になる。どうして赤いんだろう。赤といえば血を連想するが、血脈のように流れているからだろうか。ポストではないかな。赤い物体に落ちる影が気になる。傘のようにも見えるが、そう見ない方がいい気がする。電信柱の足掛け棒も気になる。奇妙な感覚を呼び寄せる気がする。造形もまたわからないと思える。

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 結界空間。光が刺して感じられ方が変わる。天国のようだ。結界をつくるだけで何か感じてしまうというのは不思議だと思った。いつからある感覚なのだろうか。猿、もっと先かな。

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 木のシルエットがきれいだ。影も美しい。凛としている。いろいろなイメージがコントラストが強く見えてくる。標識の赤が印象的だ。複雑に絡み合う家並みの感じも面白い。写真としては評価されないかもしれないけど、感じられるものは多い写真のように思える。

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 地面の結界。便所みたいだ。

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 影。白い四角も気になる。前気になった四角の写真
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を思い出した。同じ四角だけど違う。やはりこの赤い四角に惹かれる。何故だろう。

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 政治家の写真はどこか滑稽だ。きっと自分しかないからだろう。植物が、自転車の影が囁いている。そちらに耳を傾ける方が心地良い。室外機も気になるなぁ。

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 植物。トゲがあるが優しく思える。鉢が少し見える。

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 自転車。きれいだ。カゴも美しいと思える。どこか華奢な、女性のような印象。

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 写真は撮ったもの全て並べている。この写真はコメントしづらい。でもそういうものも気になる。自分の尺度ではわからないもの、選んでいると見落としてしまうもの。そういうものを大事にしたいと思う。それは無意識に近いものだと思えるから。影の世界がきれいだ。浮かび上がる車も魅力的だ。昔、車は人の持つ暴力的な力だと思った。今は歩くことの力、見るという行為の力等も感じられる。影の優しい力も。

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 車の中のボール。膜の中、外が気になるのは胎児の記憶によるものだろうか。それとも別の要因だろうか。自分の手では届かないところ、神の領域に近いところ。手では届かなくてもイメージとしては触れられるという気がする。膜の外というイメージ(実感、実体)に。

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 ホースが気になって撮った。蛇のように見える。何故人は蛇に惹かれるのか。僕は詳しくは知らない。木に絡まっている。木は切られている。植物は咲いている。

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 何気ない写真。何気ない風景。何気ないものをそういうイメージとして同じ棚にしまってしまう癖がある気がする。いけない。同じものなどないのだから。怠慢だ。探ってみよう。これはこれ、というのが思い浮かんだ。影と柵のシルエットが印象に残る。外壁の平行線も気になる。また赤だ。赤って何だろう。気になる四角も赤だった。赤って何だ?

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 柵の向こう。約束の場所?きれいだ。そのまま天国までいっちまいそうだ。思いの外コンクリが乱雑に並んでいるのが面白い。光というのは心地良いものだな。安らぐ。柵の奥、程近くにある茶っぽい板も気になる。どういうものだろう。中間層にある。中間というのは不思議だ。ただ単に何かの境という訳ではない気がする。中間というのは人間に近い気がする。何と何の中間か。それは無限に考えられるだろう。

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 自販機。遠景が霞んでいる。YAKUL、SAPPOROが気になる。英字というのも面白いなと思った。感覚としては、日本人が英語を読むとはどういう感覚なのだろうか。日本人の遺伝子に刻まれた感覚はどのように反応しているんだろうか。不思議だ。
 シャッターが面白い。これも結界だ。向こうの世界を感じさせる。向こうというと死者の世界、あの世を連想する。以外と死者の世界は近いところにあるんだなぁと思った。

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