アニメーション作家 有吉達宏のブログ

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zoom RSS フラヌール調査2・005 

<<   作成日時 : 2015/01/21 00:54   >>

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 品川区大井町。
 駐車場が気になって撮った。空き地のような何もないデッドスペースにはその場にある何かが宿る気がする。絵、アニメーションでもそうなのだろうか?ここで宿っているものは何なのかと考えるけど、それはかたちにはなっていないのかもしれない。ビニールテープで縛られた2本のポールが気になる。先程かたちにはなっていないのではないかと書いたが、このようなものがその性質に質の面で作用を与えていたりするのではないだろうか?

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 木が気になって撮った。レンガが崩れそうで心配だ。この木達も何か感情のようなもの、あるのだとしたら、どう思ってるんだろう。都会では土がないので不自由な思いをしていそうだ。

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 妻木良三さんのブログを思い出した。子供らの掛けた水のかたちに「それちょうど僕の感情のかたち」と反応されていた記憶がある。このかたちにも感情がある。どのようなものだろう。単にかたちの連想で答えたくはない。ほんとうにそのかたちが思っているもの、または連蔵させるもの、一体何だろう?

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 植物が気になって撮った。植物には感情のようなもの、連想させる作用がある気がする。水をあげている人はどんな気分だろう。自分の場合は水をあげるとき、大きくなれよと思うけど、それと同じように、自分にも栄養をもらっているような気がする。

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 植物が気になって撮った。
 前の写真と同じように植物が並んでいるのだが感じられ方は大分違うように思える。色、かたち、いろいろあるなあ。左下の小さな植物が気になる。小さなもの、感覚としては大きくなる時もある気がする。絵ではその一点が全体を変えてしまうような。この小さな植物も全体を変えてしまうような力を持っている気がする。青い植木鉢(バケツ)の針金のようなものも気になる。植物の有機的な動きと絡んで主張している。でも単にかたちの変化の面白さだけで捉えたくない。もっと奥が深い世界がきっと潜んでいる。

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 多分、白色に惹かれて撮った。白色には何か記憶に作用する感覚がある気がする。記憶を一瞬麻痺させ、どこかへ紛らせるような。

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 かたちが面白くて撮った。伊佐治雄悟さんの作品を思い出した。
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 中が空洞のものにはその中に意識を入れさせるような効果がある気がする。よりそのかたちに精神がメタモルフォーゼしていくような。このかたちではどうだろう。「沈黙の後に、何か既に始まっているものに気づく」というような物語を思い浮かべた。

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 路上の花壇。ムサビの板屋先生は授業で都市に植物はいらないのではないか?ともおっしゃっていたが、人にとって植物は必要不可欠なものらしい。そういう息のようなもの、できる、する為に?

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 植物が表札の代わりになっているようにも思える。その人の人となりの一端が見えてくるような。葉の一枚一枚、茎の一本から。

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 隣の家と密着している。ここにおいてどちらが優れているというようなことは感じられない。庭園の出来とは違う尺度のものがあるのかな。

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 原付が気になって撮った。スタンドがバッタの足のように見える。

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 きれいだ。タイルの割れ目の白に妻木良三さんの面影を見る。一つの点、これがでかい、と思う。タイルもきれいだ。とてもきれいな写真だと思った。

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 看板。
 ペンキのひび割れが、昔見た古代の呪術の文字のように見える。青色もいい。精神を洗ってくれるような気がする。沈殿するような黒もいい。重さ、色、これは面白いと思った。文字はやっぱり感覚をもっているな。クリクリとしたコードも面白い。植物が伸びるように時間が造形をつくり何かを紐解いているような気がする。地面の割れ目に生えたクローバーも面白い。これも点の要素。どんなものもその場の質に影響を与えている。その想いの根本はどこからくるのか。人間としての、動物としての性なのかもしれない。生きる術のひとつなのやも。右上の四角い点もいい。ものを言わず、そして強力な力を秘めている、と思える。

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 カットされた木、棒アイスみたいだ。単にその連想で終わらせてはこの植物に失礼だ。でも滑稽なかたち。この木の元の姿が見てみたい。でないと少しかわいそうだ。ゴミ除けのネットは味気ないな。でもそのネットも用途とは別の感覚をもち現場に参与している。

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 止まれ。
 白の上の黒の点々が気になる。味覚に例えると味のないスパイスのような。感覚の探索はどこまでも先を行っているように思える。

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 何気ない写真。
 やはり最初に明度差のある白に目がいく。鬼の面のようだ。「れ」の消え方が面白い。消えていく時間、視覚は様々なものを瞬時に読み取っていると思える。植物が軟体生物のようにこの景観に潤いを与えているように思える。窓の下にトマソン的な造形物が見える。用途がわからなくなったもの、それはそのもの自体がもっている感覚を明確に呼び覚ます。いや明確には見えていないのかも。でも強く見えてくる。ものの魅力は底がわからない。

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 電信柱の模様が気になって撮った。
 横の模様は文字を連想させ、記憶に関して何かを呼び覚ますという気がする。波にもそのような力、あるのかな。左上の剥がれた部分、面白い。記憶を消し、裏返して見せているような。最近記憶というキーワードが目立つな。記憶ってなんだ。単なる貯蔵ではない気がする。ドラえもんの四次元ポケットのような不可思議なもの。左の黒もきれいだ。左下の表札はエッジがききすぎて感覚が読みづらいな。

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 波が記憶を連想させることに少し確信をもつ。この写真もきれいだ。僕の知らない世界。そんな風景。言葉にはならない、これ自体が感覚を持ち、放っている。

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 力強く育っている。感動する。最近涙流してないな。この植物も周りのものに反応していたりするんだろうか。僕と同じように白とかに。

 今日は残念なニュースがあった。あまり気持ちの良いものではない。人が殺されるのは非常につらく無益だ。人一人の欠損は他の人にも広がるように思える。





ものの用途がなくなるとそのもの自体が見えてくるという気がしたが、もしかしたら用途的なイメージが消えることで変化するものなのかもと思った。

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